自分の成長を追い求めつつ価値観が変わった30代の転職は2回

30代の転職

20代後半に転職した会社で特に不満を持つこともなく、日々の業務をこなしていましたが、30歳になってからまた色々と自分自身の成長というものを考えるようになりました。

当時勤めていた会社は部署が営業部及び総務部しか無かったと言うこともあり、部署として遂行すべき業務が多岐に渡り、いわゆる事務系の業務(経理としての月次締めや決算、総務としての勤怠管理や給与計算など)を幅広く経験することができたので、会社の仕組みを理解するという意味では、大変得られるものは多かったと思っています。

32歳の時にグロービスというビジネススクールでアカウンティング基礎クラスを受講したのが良いキッカケに

しかし、業務中における販売管理事務や経理事務のルーティンワークの部分が仕事の殆どを占めるようになり、毎日がルーチンの仕事だけでは少し物足りなさを感じるようになっていました。

そしてその時、たまたま購読していた日経ベンチャーという雑誌でグロービスという民間のビジネススクールの存在を知り、MBAホルダーが勉強するようなディスカッション形式の授業を自分の興味のある科目を選んで、しかも一科目ずつ自分のペースで受けられるという事だったので、試しにアカウンティング基礎という授業を受講してみました。

自分にとってはこのグロービスの授業を受けた事が良いキッカケになってビジネス書を読み漁るようになり、自分でテーマや課題を見つけて、その課題を解決するために必要な本を探して読む楽しさを知ってしまいました。

そして、一つの課題を与えられて二週間それについて自分なりに調べて考えて答えを出し、ディスカッション形式のクラスに出席してお互いの意見を言い合い議論する、というグロービスの授業の面白さを知ってしまい、次はファイナンス基礎、その次はマーケティング基礎、と順番に授業を受講していこうと考えていた頃、実は妻が妊娠最終期に差し掛かっていて・・・

グロービスのアカウンティング基礎を終えた後に長女が産まれて価値観と生活が一変

丁度、アカウンティング基礎の授業が終わってから1、2ヵ月たったぐらいの時だったと思いますが、待望の第一子(長女)が産まれてしまったんですね。

女性というのは自分で妊娠して自分の体を痛めて子供を産むので、妊娠したその時から本能的に自分の子供を育てるという感覚が沸いてくるのだと思いますが、男性である私の場合には妻の妊娠中(第一子のとき)にはそれほど子供を育てていくという実感がなく、産まれる寸前まで仕事の事とか自分の自己研鑽の事ばかり考えているような毎日でした。

が、妻の出産に立ち会って長女が産まれてスグにその娘を抱っこ、というか持ち上げた瞬間、

「自分の子供っていうのはこんなに可愛いものなのか。なんて愛おしいんだ。」

「よし、今日から俺はこの娘の父親として、せめて中学、高校の親離れする時までは、子供優先、家族優先の生活に変えていこう!」

と、生活の優先度がガラッと変わってしまいました。

ただ、だからと言って全て家族や私生活優先にして仕事を疎かにしていたわけではありません。

34歳でインターネット広告会社に転職

グロービスで授業を受けたことをキッカケに、また、元々日経ベンチャーなどの本を読んでいた事もあり、ベンチャー企業、あるいはそれに準じる成長性のある中小企業で仕事をしてみたいという想いもあり、34歳でインターネット広告会社に転職をしました。

この当時はインターネット広告創世記プラスインターネット広告市場拡大期だったと思いますが、グーグル・ヤフーの検索エンジンの広告枠を活用して売上を拡大する企業も増え、エーハチネットのような誰でも無料で始められるアフィリエイト広告などインターネットビジネス業界も拡大し始めた頃だったかと思います。

私自身は経理部で仕事をしていましたが、会社が目まぐるしく成長・変化していくのを間近で見ることができたものの、人の入退社も早い会社、というか業界だなーと思って見ていました。

その会社も成長スピードを上げようと色々と模索して人事制度をコロコロ変えていたのですが、特に時間外手当を無くす方向で全体の給料が低めに抑えられるような制度への変更が発表され、私自身の給料も実質減額という憂き目にあってしまったため、また、その時は妻は仕事をしていなくて私1人の収入では厳しかったこともあり、給料アップを模索してその会社には退職の意思を伝えて、スグに転職活動をスタートしました。

35歳後半でインターネット広告会社から建設会社へ収入アップ転職

この頃には、リクナビネクストエン転職など、インターネット上で登録して転職情報を収集して自ら応募して(あるいは企業からスカウトを待って)、転職活動をするという転職スタイルが当たり前になってきた頃で、転職支援サイトのサービスが充実し、そのサービスを利用して転職する人も増加してきた時期でした。

ちなみにこの時の私の転職はリクナビネクストのスカウトサービスを利用しての転職でしたが、当時勤めていたインターネット広告会社は忙しくて残業や休日出勤も多く、スマートフォンなどというものも存在しない携帯電話全盛の時代だったので、面接に行くどころか転職サイトの求人情報のチェックすらなかなかできないような状況でした。

なので、次の会社を探す時間も充分に取れないままそのインターネット広告会社の退職日を迎えようとしていたんですが、そんな折、リクナビネクスト掲載のある会社からスカウトメールが届き、募集要項と自分の職務経歴を照らし合わせてピッタリ合っていたので「ぜひ面接を受けさせてください」と返信のメールを送っておいたところ、またスグにその会社から返信がきて面接の日程が決まりました。

実はその面接日はインターネット広告会社の退職日だったので、当時の上司に頭を下げて頼みこみ、勤務最終日の勤務途中に有給消化扱いで中抜けさせてもらい、面接を受けた結果、その翌日には内定のご連絡を頂き、幸運にも全くブランクを開けることなく次の会社への転職が決まり、インターネット広告会社を退職した翌月からスグに勤務をスタートすることができました。

その時の退職日が確か12/28か29、次の会社の勤務スタート日が1/4ぐらいだったので、なんとなく晴れやかな気持ちで大晦日と正月を過ごす事ができました。

この時の経験から感じたことですが、インターネット上の転職支援サービスを使うと転職活動が早くできるのは確かな事だと思います。

転職活動をお急ぎの方はリクナビネクストやエン転職やマイナビやビズリーチなど、是非一度登録して情報収集をしてみてはいかがでしょうか。

登録から応募・面接・採用まで行っても、全て無料でサービスを受けられるので、まったく損はないと思います。

都内で洋風のオシャレな戸建てを建築・販売する建設会社での勤務スタート

こちらの建築会社では、優良企業ほどの高い給料を貰う事はできませんでしたが、一応年収アップすることができました

なので、既に二人目の子供も産まれて家族四人暮らしではあったものの、私1人の収入で家族四人が生活することはできていました。

この建築会社は、建築を主たる事業とする建築会社、その子会社として資材を輸入する商社、一級建築士と提携してデザインや設計のサービスを提供する子会社があり、バックオフィスは総務・経理・購買と機能ごとに分かれていて、私は経理に所属して建築本社の経理の一部と、子会社であるデザイン会社の経理を全て任せてもらっていました。

また、大手都市銀行出身の管理本部長さんの下、建築本社の土地建物購入時の投資収益計算やキャッシュフロー計算などもやらせてもらっていましたが、このシミュレーション計算はそれまで経験した事のない業務だったので、時間外手当もつかない残業ではあったものの、他の事務系の社員が全員帰ってフロアに1人しか残っていないという事もよくありましたが、デザイン子会社の管理業務と合わせて、けっこう夢中になって仕事をやっていた事を覚えています。

この時にエクセル操作のスキルアップをしつつ、マクロを少しかじる程度に勉強してみましたが、スキルアップの意識だけは忘れないようにしていました。

37歳で会社の方針転換に納得できずに建設会社退職

そんな新しい業務を経験して仕事を楽しんでいたのも束の間、当時の創業会長が経営方針を大転換して上場を目指すという訳の分からない事を言い始めました。

この会社も創業者が全て意思決定して社員は全てそれに従う、という典型的なオーナー経営型の企業だったのですが、私は上場業務や上場企業に勤めることには全く興味がなかったので、面接のときにもその事は質問して、「当社は上場などするつもりはなく、地域密着型のサービスを提供していきます。」と聞いていたので、寝耳に水、という思いでした。

その会長は一度言い出したら行動はとても速い方なので、その翌月には同業他社の上場企業の役員の方と数名を引き抜いてきてしまい、上場準備なるものを始める準備をしてしまいました。

上場企業には興味の無い私としては、当初の話しとは変わってしまい、上場準備にも携わる可能性ありと判断し、スグに退職の意思を伝えさせて頂きました。

その時に、全くそのような話しはしていなかったんですが、経理部の部長も辞める意思を決めてて、結局、経理部長と私が一緒に辞めることになっていました。

また、それまで勤務先の企業に退職の意思を伝える時に妻に相談したことは無かったのですが、この時もまた妻には相談せず事後報告としたところ、怒られると言うよりもむしろ呆れられてしまい、しかしちょうど妻もパート勤務を始めようとしていた頃だったので、「まぁなんとかするしかないわね」と言って共働きをスタートしてくれました

やっぱりここでも妻には頭が上がりませんでした・・・

30代の後半は不遇の時期ではありましたが、今考えると良い経験もしていました。

転職経験が多い事が一番の理由だった思いますが、正社員採用を受けられるよう、リクナビネクストやエン転職の募集情報を見ては応募を繰り返していましたが、採用どころか面接を受けさせてもらう事すらできず、37歳~42歳までの5年間は、派遣契約での勤務を続けていました

ただ、その時に唯一の救いだったのは、派遣先企業で3ヵ月ぐらい勤務を続けると、必ずと言っていいほど正社員へのオファーを受けていたことです。どの企業も将来性を感じない企業ばかりだったので、正社員採用のオファーはお断りしていましたが、これが一つ、自分の業務に自信を持つことに繋がりました。

派遣なら世界最大級のマンパワーグループ

と、ここまでが私の30代での滅茶苦茶な転職経験となりますが、いま思い返すと、子供達が小さい時期に派遣勤務を続けていたため、夜は定時で帰宅して早めに家に帰宅できましたし、土日も必ず家に居たので、育児や家事も当たり前にやっていましたし、充分なお金はありませんでしたが子供達と家族一緒に触れ合う時間を沢山取る事ができたので、私的には有意義な時間を過ごす事ができたと思っています。

50歳になった今も、朝の炊事や家族の朝食の準備、ゴミ捨て、土日の掃除や夕飯作りなど、当たり前に家事をこなしているので、とりあえず妻から不満の声が起こる事は全くなく、夫婦円満な生活を送る事ができているので、この不遇の派遣勤務時代の経験は今に活かされていると思います。

30代の転職歴の総括

グロービスというビジネススクールに通ってベンチャー企業に興味を持ち、しかし最初の子供が産まれて人生の価値観がガラッと変わってしまい、でも自分自身の成長を志向しつつ自分なりに自己研鑽を続け、土日は主に家族優先の生活を続けた30代でした。

劇的な収入増加があったわけではありませんが、家族中心の、ワークライフバランスの充実を優先する考え方はこの時に培われたものかもしれません。

そしてこれまでの20代~30代の経験が、40代の転職と仕事に大いに影響するものとなりました。

40代での転職経験談に続く

20代の転職の記事へ

転職だけが全ての回答ではありません、転職する前にメリットやデメリットを考え直してみるのも大事なことです。

派遣・人材紹介サービスならマイナビスタッフ

タイトルとURLをコピーしました